環境技術学会・月刊誌「環境技術」 2019年 特集概要
目 次 総目次-分野別-
1号 2019年 環境行政展望
2号 汚染処理技術と再資源化技術
3号 環境のビッグデータとそのデータ解析技術
4号 極端気象と異次元の豪雨災害を考える
5号 SDGsの示す社会と実現への課題
6号 環境・資源保全に資するメタルバイオテクノロジー
1号 2019年 環境行政展望
<年頭所感> 環境大臣 原田 義昭
(概要)昨年の夏、我が国は、平成三十年七月豪雨に象徴される激甚な自然災害と記録的な酷暑に見舞われました。こうした気候変動の影響拡大への懸念に加え、今、我が国は、様々な経済・社会的課題に直面しています。一方、世界では、脱炭素化の進展やグリーン・ファイナンスの拡大など、従来の考え方を大きく転換すべき潮流が生じています。
これからの環境政策は、世の中を脱炭素型かつ持続可能な形へと転換させていくことで、様々なイノベーションを引き起こし、それによって環境保全と経済・社会的課題との同時解決を図りながら、新たなマーケットを創出していくことが重要です。その実践として、地域においては、各地域の自立分散と相互連携で循環と共生を実現する「地域循環共生圏」を創造し、将来にわたって質の高い生活をもたらす「新たな成長」につなげていくべく、各分野での政策を展開していきます。
<年頭ずいろん> 環境技術学会副会長/日立造船(株) 三野 禎男
-これからの環境技術学会―発展に向けて-
(概要)本学会は1972年に活動を開始し、地域環境および地球環境に関わる諸問題に関わる諸問題の解決に資する研究と技術の発展を理念として活動してまいりました。その活動は、公衆衛生、廃棄物の衛生処理に始まり、時代の流れと共に、2次公害防止、水銀やダイオキシン類問題、省エネやエネルギー回収、地球温暖化防止、放射能など広範な領域におよんでいます。最近では、マイクロプラスチック問題や廃棄物処理施設の防災機能強化など新たな課題も加わってきております。
一方で、本学会員総数は年々減少しました。2017年より、規約改正、会費の見直し、機関誌「環境技術」の発効回数の削減、年次大会の開催時期の見直しを行うなど、学会の継続性を確保しつつ、会員の皆様にとって有意義な、そして望まれる学会となるべく改革に取り組んでいるところです。その効果もあり、2018年度は、学生会員の増加も含め会員総数は幾分増加しています。学会の発展に向け、今後ともよろしくお願い申し上げます。
<地球環境問題> 環境省地球環境局 秦 康之・菊地 崇史
-気候変動対策をめぐる我が国の新たな挑戦-
近年、気候変動の影響が深刻化しています。こうした現状に対し、CO2をはじめとする温室効果ガスを削減する「緩和」と気候変動の影響を回避・軽減する「適応」の両方を気候変動対策の車の両輪として推進することが必要不可欠です。緩和策については、パリ協定で定められている2℃目標を確実に達成することを目指し、その上で、1.5℃まで抑える努力を継続していくことが重要です。
我が国としては、地球温暖化対策計画に基づく取組を着実に実施し、まずは温室効果ガスの2030年度26%削減目標の達成を目指しています。加えて、現在、2050年80%削減を視野に、世界の脱炭素化を牽引し、環境と成長の好循環を実現する長期戦略の策定に向け、多様なステークホルダーが参画した形で議論を行っています。
適応策については、気候変動適応法が昨年12月1日から施行されました。それに先立って同法に基づく気候変動適応計画が閣議決定され、あらゆる関連施策に適応の考え方を組み込むことで、多様な分野での気候変動適応を推進していく旨を明記しております。
今後も、環境省は、社会の多様な主体を内包し、将来にわたって質の高い生活をもたらす「新たな成長」を実現する環境政策を実行してまいります。
<大気環境行政> 環境省水・大気環境局 高澤 哲也
-中央大気審議会大気・騒音部会の最近の動きなど-
我が国の大気環境の現状に関して2016年度の環境基準の達成状況をみると、二酸化窒素(NO2)については一般環境大気測定局(以下「一般局」)で100%、自動車排出ガス測定局(以下「自排局」)で99.7%、浮遊粒子状物質(SPM)については一般局、自排局とも100%となっており、高い水準となっている。これは、大気汚染防止法や公害防止条例等に基づくばい煙排出規制、事業者に対する立入検査や報告聴取の実施、大気環境や排出ガスの正確かつ継続的なモニタリング、「自動車から排出される窒素酸化物及び粒子状物質の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(自動車NOx・PM 法)」による施策の推進などの固定発生源や移動発生源の対策に官民一体となって取り組んできた成果といえる。
一方、大気環境の保全においては、今なお、継続的な課題や新たな課題への対応が求められている。それらは局所的な汚染から地球規模の汚染に至るまで多岐にわたっており、石綿飛散防止、微小粒子状物質(PM2.5)、越境大気汚染、有害大気汚染物質、水銀大気排出など幅広く、それぞれ様々な要因により発生し、その対策も多様となっている。環境省としては、各課題に対して全力で取り組んでいく所存である。
<水環境行政> 環境省水・大気環境局 熊谷 和哉
-水質環境基準の経緯と底層溶存酸素量等の位置づけ-
水質環境基準の経緯 人の健康の保護に関する環境基準(健康項目)は、1970年に7項目(Cd、シアン、Pb、Cr(Ⅵ)、As、Hg、アルキル水銀)が指定され、、1975年にPCBが追加、1993年に有機塩素化合物を中心に15項目が追加された。1999年には窒素、ふっ粗、ホウ素、2009年には公共用水1項目・地下水3項目が追加された。生活環境の保全に関する環境基準(生活環境項目)は、1970年に河川・湖沼・海域の水域に類型を定めてそれぞれの基準値が設定された。河川5項目(pH、BOD、SS、DO、大腸菌群)6類型、湖沼5項目(pH、COD、SS、DO、大腸菌群)4類型、海域4項目(pH、COD、DO、大腸菌群)3類型である。1971年海域にノルマルヘキサン抽出物、1982年湖沼・1993年海域に窒素・りんの基準が設定された。さらに、健康項目に限定されいた項目が生活環境項目に広げられ、2003年亜鉛などの3項目が追加された。
底層DOの環境基準 湖沼・海域に対して2016年に底層DOが追加された。河川では絶えず上下混合が起こっているのに対して、ある程度以上の水深のある湖沼・海域では表層と底層の状況が異なっている。これらの水域では、有機汚濁指標・栄養塩類に加え底層DOも採用し、あるべき水環境の姿を描くことが、今後の水環境行政の課題となっている。
今後の水環境問題は、かっての公害問題のような障害除去、排水規制や生活排水対策だけではなく、地域ごとに求める水環境の目標を定め、よりよい環境を目指す状況に移りつつあると思われる。
<水道行政> 国土交通省水管理・国土保全局 山田 哲也
-下水道事業を取り巻く環境変化に対応していくために-
下水道は、言うまでもなく国民の安全・安心な暮らしと健全な社会経済活動に不可欠なインフラであり、その整備・普及に国を挙げて取り組んでまいりました。現在、浄化槽等を含む汚水処理人口普及率は9割に達しましたが、残る未普及対策、ハード・ソフト両面からの都市浸水対策、合流改善や高度処理などの水質改善対策、強靱な下水道システムに向けた地震対策、省エネ・創エネ対策など、今後も下水道ストックの効果的・効率的な形成を進めることが必要とされています。さらに、これまで整備してきたストックの技術的・経営的マネジメントやリノベーションは、今後の人口減少等を考えると喫緊の課題となっており、将来にわたっていかに下水道の機能を維持していくか、今まさに智恵を絞り、努力していくことが求められている状況です。
国土交通省では、民間の有するノウハウや資金の積極的な活用、地域の汚水処理事業の広域化・共同化、下水汚泥等の資源の徹底的な活用等を推進し、下水道事業の一層の効率化を促進しているところです。また、昨年相次いで発生した災害を踏まえ、政府全体で「重要インフラの緊急点検」を実施しました。下水道については、施設整備による一定の浸水対策効果が発揮できたものの、電力供給や施設の耐水化等の問題が明らかになったことから、この緊急点検の結果を踏まえ、今後対策を講ずることとしています。
<一般廃棄物行政> 環境省環境再生・資源循環局 名倉 良雄
-適正処理のさらなる推進にむけて-
一般廃棄物の適正処理は、地域の生活環境の保全や公衆衛生の確保のために必要不可欠である。また、地球温暖化対策や頻発化・激甚化する自然災害による災害廃棄物対策など、一般廃棄物処理に関して対処すべき様々な課題が存在する。このため、一般廃棄物の適正な処理を推進するとともに、循環型社会と低炭素社会の統合的実現に向けて取り組んでいく必要がある。
一般廃棄物の適正処理の推進、循環型社会推進交付金、地球温暖化対策、廃棄物処理施設整備計画、災害廃棄物対策などの環境省の一般廃棄物行政について概説している。
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2号 環境技術特集―汚染処理技術と再資源化技術
編集:2019-02-00 神戸学院大学・古武家 善成
環境技術の最前線を紹介する「環境技術特集」は2016年2月号以来2回目である。この特集の目的は、環境技術の中で、現在、企業・大学・公的研究機関等が開発し、実用化されている「一押し」の技術に焦点を当てて紹介することにある。本誌編集委員からの推薦を受けた民間企業から提出された以下 6編を掲載することになった。技術の内訳はいずれも公害防止・汚染処理技術に分類されるが、汚染処理と金属再資源化を組み合わせた技術や微生物処理技術を含んでいる。
2019-02-01 空気揚砂攪拌式沈砂洗浄装置による沈砂の洗浄効果
(株)サンエイ・東 利光
国内での小規模の分流式下水処理場やポンプ場では、管渠延長が短く、他の汚物が沈砂と混ざり合い、分離しにくい状態で沈砂池に溜まることが多い。この沈砂はバキューム車や揚砂ポンプにて排除されている。揚砂ポンプ利用においては、サイクロン等の簡易な分離装置により沈砂の固液分離を行っている。しかし、沈砂に付着している高臭気の汚物はほとんど除去されないので、市街地に位置する処理場やポンプ場の沈砂については、その処理・運搬時の悪臭等の対策に苦慮している。
本装置は、この問題を改善するために開発されたもので、次のような仕組みとなっている。取り出された沈砂混合液を揚砂管に導入し、エアーリフトを利用した洗浄ボール・空気・水の攪拌によって、沈砂の洗浄を行う。揚砂管は二重構造で、その内部の乱流により、沈砂に付着した汚物が高効率で剥離される。沈砂中に混在していた比重の小さい浮遊物質(懸濁液)は、装置上部より排出される。比重の大きい砂は洗浄後に装置下部に沈降し、排出弁を介してコンテナに排出され、さらに水洗される。分離液、懸濁液および砂洗浄液は凝集沈殿処理されて、処理液を放流する。洗浄沈砂および凝集沈殿物の脱水ケーキは、中間貯留施設へ移送・保管される。
本特集では、本装置の構成・性能とその実証例を報告している。本装置は、沈砂中の臭気成分の除去だけでなく、137Cs汚染土壌の減容化に対しても、その効果が実証されている。
2019-02-02 高速多層繊維ろ過方式による濁水処理装置
建設リサイクル研究会・森岡錦也
建設工事排水に対して、工事内容や排水先の放流基準等に応じて、簡易法から高度法に至るまで様々な処理法が適用されてきた。最も簡易な方法は、小型ノッチタンクで濁質分や狭雑物を自然沈降分離し、上澄み水を公共水域等へ放流する低コスト法が用いられてきた。しかし、処理状況の定量的な管理(主にSS、pH)の容易さ、近年の環境に対する意識の高まりや技術提案型の入札において求められる周辺環境への配慮といった観点から、汎用の濁水処理装置を利用した排水処理を行うケースが少なくない。
建設工事排水の性状や発生量は、同じ現場でも時間とともに変化し、また似たような工事計画でも現場によって異なり、一定しないことが多い。これは工事の内容・適用される施工方法が工程の進捗とともに変化することに加え、現場の施工状況が自然条件変化の影響を受けるためである。しかし、原排水の条件変動が生じると、汎用の濁水処理装置のみでは、その処理水質が要求される放流基準を満足しない事態が起こる。
今回、紹介している多層繊維ろ床は、上部より大中小の空隙率を有する3層構造により高速ろ過を可能とし、軽量でろ材の交換も簡易である。このろ過装置を、汎用の濁水処理装置と組み合わせることで、原濁水の性状が不安定な状況においても、その優れたろ過機能により処理水質の安定化を維持できる。従来型の(凝集)沈殿処理液(SS 100mg以下が望ましい)を、多層繊維ろ過槽を導入した本装置により、SS 5mg/L以下の処理液が得られることを実証している。また、ダイオキシン類等の汚染水に対しても、その除去効果があることが実証されている。
2019-02-03 都市ごみ焼却処理のLCC低減に貢献する排ガス処理技術
(株)タクマ・倉田昌明、美濃谷広、工藤隆行
都市ごみ焼却事業においては,処理施設の建設だけでなく、運営も含めた発注が主流になりつつある。発注が建設のみでも、建設コストと運営面も含めた総合評価方式を採用するケースが多い。また、施設建設から事業運営までの全期間にわたるLCC(ライフサイクルコスト)を低減することが強く求められている。
同社では都市ごみ焼却処理においてLCC を低減する各種技術を開発・実用化している。本号では、排ガス処理技術に関わる最新技術として、(1) 尿素高反応化と(2) 脱硝触媒のオンサイト再生を取り上げ、概要・特徴と設置状況を紹介している。
(1) 都市ゴミ焼却炉から発生するNOxを除去する代表的な技術として、炉内に直接還元剤を噴霧する無触媒脱硝法が挙げられる。還元剤として、安価・安全の面から尿素が用いられてきたが、近年、厳しい基準を満たすため高値で取扱いに注意を要するNH3を用いるケースが増えている。同社では、尿素分解触媒を用い(NH2)2COをNH3へ分解し、このNH3を還元剤として利用する装置を開発し、初号実施設の2021年・竣工予定が決定している。
(2) 脱硝触媒は、除じん後の排ガスに適用され、NOxとNH3を反応させ、N2と水に変換する。一方、NH3と排ガス中のSO2が反応して生じる硫安等が触媒へ付着し、触媒機能が低下する。同社が開発した触媒再生装置は、加熱空気を現場施設内の触媒層へ循環して、触媒に付着した硫安等をSO2に分解・脱着・除去するシステムである。本装置は、1基で複数炉へ順次設置して、触媒の再生が可能である。触媒を外部へ搬出・再生する従来法では、1~2ヶ月以上の休炉が必要であったが、本法では1週間程度で再生が可能となり、さらに、再生触媒の性能は新品よりも僅かに向上していることが確認されている。
2019-02-04 還元溶融プロセスを用いた焼却灰の再資源化
中部リサイクル(株)・柴山 輝
各自治体の焼却炉から発生する焼却灰は、埋立処理による最終処分のほか、灰溶融やセメント原料化や焙焼処理により一部再資源化されている。
同社では、焼却灰を受け入れて還元溶融し、100%の再資源化を行っている。還元溶融設備には、還元式電気抵抗炉に分類されるサブマージドアーク炉(強還元型溶融炉)を使用している。炉体は円筒状であり、3本の黒鉛電極が炉底面に対して垂直に位置し、正三角形に配置している。この電極に電流を流し、炉内の溶融対象物と電極が接している面で抵抗熱を発生させ溶融する。その特徴は炉内を強還元雰囲気かつ高温(溶融物の温度で1,350℃)で灰溶融処理を行うことにある。本号では還元溶融技術による都市ごみ焼却灰等を再資源化するプロセスとそれによって得られる再生製品について紹介している。
市町村や民間からの焼却灰は、磁選による鉄分除去・乾燥を経て、調整されたSiO2とCaOを含む強還元型溶融炉に導入される。塩分濃度が高い焼却杯は、脱塩・造粒・乾燥の各工程を経て溶融炉に導入される。
高沸点成分は炉底部へ濃縮され溶融メタル(1千トン/年;Cu:130kg/t、Ag:900g/t、Au:70g/tなど)として回収され、製錬会社へ販売されている。低沸点成分(Zn、Pbなど)は蒸発するので、バグフィルターで捕捉・脱塩・ケーキ化され、亜鉛(40~60%)・鉛(7~12%)の原料(600t/年)として、製錬会社へ売却されている。スラグ(1.5万t/年)は、JIS規格「硬石」の圧縮強さを満たし、土木資材として活用されている。
2019-02-05 ベトナムにおける廃棄物処理の課題と高温・好気発酵分解技術の適応
日本ミクニヤ(株)・徳岡誠人、田中優司、安部裕巳
ベトナム社会主義共和国(以下、ベトナム)は1986年の第6回ベトナム共産党党大会でドイモイ政策が提起され、それ以降、経済面や社会思想面において新たな方向へ転換することとなった。また、1992年には日本の同国援助も再開し、その後ODA 投資額も増え、日本はベトナムにとって最大の援助国となった。これらの支援の効果もあり、ベトナム経済は成長率6%後半台を維持し、ASEAN 域内でもトップクラスの成長率を達成している。これらの急激な経済発展は、一部の都市への局所的な人口集中を起こし、上下水道やゴミ焼却場、法整備が追い付いていない状況にある。例えば、家庭から排出される資源ゴミ・生ゴミは混在し、道路脇へ投棄されている状況も見られる。下水汚泥は野積の状態で放置され、雨季には近隣河川へ流出している事例も見られる。ベトナム政府は、「環境保護法(2014年)」、「廃棄物管理に関する規制(2015年)」の公布など、法整備とその適正な実施を推進している。
同社では、有機性廃棄物を高温・好気で発酵分解し、24時間で90%以上減容する技術を開発し、日本国内の下水・農集排水の汚泥や生ごみ等の処理施設への納入実績を有している。本号では、本技術をベトナムへ導入する目的で、メコンデルタ地帯の最大都市カントー市で、実証実験を実施した結果を紹介している。実験課題は、(1) 地場の常在菌および(2) 担体である現地木材の活用が可能であるかの検証である。現地での実験結果から、本技術のベトナムへの適応が可能であることを確認している。日本で利用している杉チップの替わりにユーカリチップが適していた。減容化率は、生ごみで83%、下水汚泥91%であった。国内と比較して、生ごみの値が低いのは、完全な分別が難しく、ビニール等の混入によるものであった。
現在のベトナムでは、適正な廃棄物処理の認識が低いので、社会的課題を行政と連携して解決する必要があり、制度設計を行いながら技術普及を目指している。
2019-02-06 工場排水を対象とした1,4-ジオキサンの生物処理技術
大成建設(株)・山本哲史、日下潤、渡邉亮哉、斎藤祐二
1,4-ジオキサン(DX)は、環状エーテル構造の物質であり、化学工業を中心に反応溶媒等として使用されている。DX は、水と任意に混和し、常温常圧下における揮発性に乏しい。また、加水分解、光分解や微生物分解を受けにくく、水中における安定性が極めて高い。ヒトに対して急性・慢性毒性を有する上に、発がん性を示す可能性があるグループ2B に分類されている。産業界では、その使用量を削減する努力が進められている。しかし、界面活性剤やポリエチレンテレフタレート(PET)などの製造過程では、DXの非意図的な生成が認められ、環境汚染が生じる可能性がある。
DX による環境汚染のリスクに対して、我が国では、水道水質基準や環境基準の項目にDX を追加し(基準値:0.05㎎/L)、2012年には主要な汚染源である工場排水に対して一律排水基準(基準値:0.5㎎/L)が定められた。しかし、従来の排水処理技術では、経済性や大量排水への適用性等の課題があり、その適用が困難であることから、特定の業種においては暫定基準が設けられた。一部の業種においては、すでに一律排水基準への移行が完了しているが、エチレングリコール及びエチレンオキサイド製造業においては、現在も暫定基準が適用されている。このため、DX 含有排水を高効率かつ低コストにて処理可能な技術を早急に確立する必要がある。
著者らは低コストな排水の生物処理に着目し、DX 分解菌を用いた排水処理技術の開発を行っている。本号では、新たに発見したPseudonocardia sp. N23(N23株)の特長と、これを用いた排水処理システムについて紹介している。
N23株は、このまでのDX資化菌の中でも、トップクラスの分解速度を示し、分解酵素は構成型で、さらに広い至適条件(pH 5-7、温度 15-35℃)を有する。pH 5では、一般雑菌の増殖を抑制しながら、安定なDX分解が行われ、一律排水基準値(0.5mg/L)を達成できることが検証されている。本技術は、促進酸化法と比較して、初期投資・維持管理費で各50%、LCCO2で90%、それぞれ削減できる。本技術の対象として、工場排水のみでなく、土壌・地下水・最終処分場浸出水中のDX対策への適用も期待できる。
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3号 環境のビッグデータとそのデータ解析技術
編集:2019-03-00 京都大学 藤川 陽子
21世紀は「データの世紀」である。インターネットおよびIoT(Internet of Things)の爆発的普及により多方面における様々なデータが、時々刻々、また分野によっては三次元空間的にえられるようになったことが要因である。これらのデータを総称してビッグデータと呼ぶようになった。
一方、環境研究のデータもビッグデータ化してきた。大気・熱環境や音環境、広域水環境、土地利用の監視に関しては、衛星のリモートセンシングデータ、GIS データ、各種の環境センサーのデータが容易に入手できるようになってきた。また、20年前には少なからず手分析あるいは手動操作に頼っていた環境水質測定では、様々な機器分析手法の進歩、オートサンプラの設置、データロガーの低価格化等が進んだ。その結果、多元素・多項目の水質一斉分析、オンライン自動測定が普及し、大量のデータが発生するようになった。環境生態学に関しては本誌でも紹介した植物・動物生態系や微生物生態系の解明において、DNA や16S rRNA を環境試料から抽出し、次世代シークエンサによる網羅的データ取得に供するアプローチが一般化してきている。
このような状況下で、環境ビッグデータからのデータの抽出・探索法、データ解釈の方法の整備が必要になってきた。主要な課題は、① IoT のデータや各種のセンサーデータ、GIS のデータ等をいかにして統合し、一つのプラットフォームに載せるか、② 統合したデータがマイクロソフト社のエクセルなどの汎用商業ソフトで開くこともできないほど大量なとき、そこから有用なデータをいかにしてマイニングするのか、またデータマイニングの誤りをなくしたり、効率的なマイニングをするにはどうしたらよいのか、③ 例えば環境水質監視や環境生態系データの分析において、複数地点・複数条件において多項目のデータ(場合により地点ごとに数千項目にも及びうる)が得られた場合に、この多次元のデータをどのように整理し、人間の認識や解釈対象になりうる精々2から3次元グラフに表示できるデータに縮約をするのか、④ そもそも人間の認識のできない多次元データの特色や、データの相違または同一性をどのようにして検定するのか、また上記③のデータの縮減操作のときに必然的に起きる情報の漏れ落ちをどのように低減するのか、等が大きな問題である。
上記のような課題が、近年のコンピュータの進歩と低価格化ならびに各種のフリーの計算コードの開発と公開により解決できるようになった側面は多い。コンピュータについては、CPU のクロック数は伸び悩んではいるものの、現在ではパーソナルコンピュータでもマルチプロセッサが当然で、拡張メモリも増やしやすいOS が登場した。並列処理により大きなデータでも比較的手軽に処理ができる環境が整っている。ビッグデータを処理できる統計学・情報科学の概念はかなり昔から存在したが、これをコンピュータに実装するには、本来、専門の数学者の知識が要る。しかし現在はそのような解析のためのフリーのライブラリやプログラムの多くが、インターネットから自由にダウンロードでき、内容も日々進歩している。このようなフリーソフトについては今後、本誌の講座で紹介していく予定である。
今回の特集では、上記①・②の課題に対応する解説として、情報通信研究機構・是津耕司氏が「都市環境ビッグデータの統合分析基盤」を執筆した。上記③・④の課題については、日本原子力研究開発機構・神﨑訓枝氏および京都大学・門脇浩明氏が「機械学習を用いた放射線生体影響のビッグデータ解析」、「生態学におけるビッグデータ解析の手法」として各々執筆した。最後に土木分野におけるビッグデータ生産の状況を「建設現場でのドローン空撮ならびにレーザ測量データの活用例」として村本建設・青山幸男氏が紹介している。
2019-03-01 都市環境ビッグデータの統合分析基盤
(国研開法)情報通信研究機構総合ビッグデータ研究センター 是津 耕司
近年のIoT・ビッグデータ・AI 等の技術の発展に伴い、都市の様々なセンシングデータを利活用し、都市機能の効率化や防災対策支援、生活品質の向上を目指す動きが、スマートシティをはじめ活発化している。ITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)ではスマートで持続可能な都市(Smart Sustainable Cities)の実現に向けた標準化活動(FG-SSC)が進められ、国内でもサイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムによる超スマート社会の実現を内閣府等が提唱し研究開発や実証実験を推進している。こうした背景をもとに、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の実空間情報分析技術の研究開発においても、環境・交通・健康など様々な分野のIoT ビッグデータを収集、統合し、分析や学習・予測を通して価値を創造するためのデータ取得・解析技術やデータベース技術、AI 技術やデータマイニング技術、GIS、情報可視化、スマートサービス等の研究開発を行っている。
本稿では、自然環境から社会環境まで、IoT を通じ収集される様々な都市環境ビッグデータを分野横断的に利活用するための基盤技術や応用事例について、NICT での取り組みを中心に解説している。
2019-03-02 機械学習を用いた放射線生体影響のビッグデータ解析
(国研開法)日本原子力研究開発機構人形峠環境技術センター 神﨑 訓枝
ここ数十年で、情報技術は急速に普及し、世の中に情報が溢れるようになった。コンピュータの性能向上は、大量の複雑なデータを解析することを可能とし、様々な分野で、溢れた情報を総合的に解析して有効利用する二次的利用が盛んに行われるようになってきた。その解析手法として、近年では、実用化に耐え得る信頼性の高いAI(Artificial Intelligence)の確立が求められている。
医療分野においても、1960年代に医療事務処理用のレセコンと呼ばれる部門システムが現れて以来、電子化が進み、現在では、電子カルテの導入が当たり前となった。その背景には、ペーパレス化や業務の効率化のみならず、医療の質の向上等の目的があったが、医療分野で蓄積されたデータは、形式が様々であったり、情報そのものが曖昧さを含んでいたりと課題は山積みであった。そのため、医療用AI として知られるIBM のワトソンを用いた診断システム等は単なる医療支援ツールとしての使用にとどまっていたが、2018年4月、米国FDA(Food and Drug Administration)は、IDx 社のAI を用いた糖尿病網膜症の眼底画像診断装置IDx-DR を認可し、世界で初めて医師の代わりに診断を下すAI が医療機器として認められた。同年、わが国では、ビッグデータやAI 等を最大限活用した新しい健康・医療・介護システムの確立を目指した「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」(略称:次世代医療基盤法)が施行されたことで、今後、医療データの利活用が推進され、ビッグデータ解析が必須となるゲノム医療等がより広く普及すると予測できる。このように、AI の医療分野への応用には大きな期待が寄せられている。
本特集では、AI の基礎となる機械学習の一種であるSOM(Self-organizing maps、自己組織化マップ)を紹介し、SOM を用いて評価した放射線の生体影響評価を中心に、筆者が行った医学的なデータ解析の研究事例と関連研究を紹介する。
2019-03-03 生態学におけるビッグデータ解析の手法ー生物群集解析の基礎理論
京都大学 門脇 浩明
環境評価を行う上で、生物群集や生態系の解析は不可欠である。ビッグデータ時代に突入した生態学では、とくに微生物群集や環境DNA のデータ解析の重要性が増している。
本稿では、それらの生物群集データ解析において基本となる①種数を比較する方法と②種組成を比較する方法の基礎理論を紹介する。種数などの生物多様性の指標は「スケール」に依存する値であるため、調査努力や観測スケールを考慮した上で評価することが基本である。また、群集組成などの生物多様性の指標は「多次元」であるため、その性質を適切に考慮したうえで統計的な枠組みを用いなければならない。生態学におけるビッグデータ解析における今後の挑戦と可能性について展望している。
2019-03-04 建設現場でのドローン空撮ならびにレーザ測量データの活用例
村本建設(株) 青山 幸男
ドローン(drone)とは、UAV(Unmanned aerialvehicle、無人航空機)の通称で、現在は、ホビー商品も多く販売され、身近な存在となっている。日本国内では、1980年代末ごろから、農薬散布作業に無人ヘリコプタ(ドローン)が利用されてきた。現在では、農薬散布に使用されるヘリコプタのうち、無人ヘリコプタ利用比率は95%以上となっている。
ドローンはかつて軍事用及び産業用のみで利用されてきたが、2010年ごろになって、フランスの企業が、小型ドローンにカメラを搭載したドローンを発売した。そのドローンは、航空機の知識がなくても自動で安定したホバリングを可能とし、簡単な操作で、誰でも空中からの映像を楽しむことができた。これをきっかけに、ドローンは、その呼び名とともに、世界中の多くの人に知られる存在となった。その後、中国企業やアメリカ企業など多くの企業が開発に乗り出し、現在は、4~6個のプロペラを装備したマルチコプタドローンが主流となっている。
小型ドローンの性能は、ここ10年で大きく進歩した。機体重量が200g 未満の小型のものから、一眼レフカメラ等を装着できる中型のもの、さらに、機材や物資などの重量物輸送を可能とする大型のものまで多様化し、また、GPS(GNSS)制御技術が向上するとともに、障害物検知機能による衝突回避や、複数ドローン同士の管制などの技術が投入され、より安全で快適な操作が可能となった。こうした高機能なドローンの登場により、マスメディア、スポーツ、配送、生態系観察、警備、不法投棄監視、在庫管理など、さまざまな業界に利用場面が広がっている。ここでは、筆者が所属する建設業界における活用事例を紹介している。
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4号 極端気象と異次元の豪雨災害を考える
編集:2019-04-00 (株)プラス設計開発・足立 考之
近年においては、毎年、豪雨災害が発生している。「これまでに経験をしたことのない大雨」、「重大な危険が差し迫った異常事態」、「命を守る行動を」など、政府・自治体・メディアからの大雨洪水警報によって、一般の人々も、いつの日にか大水害に遭遇するであろうと気づき始めた。多角的な視点から豪雨災害を考えるため、本特集では気象工学・防災工学・社会福祉学・災害考古学・全地球降水学の各分野からの専門家・学識経験者に執筆を依頼した。
2019-04-01 集中豪雨をもたらす線状降水帯について
気象庁 津口 裕茂
近年、豪雨災害が多発化・激甚化の様相を呈している。その原因のひとつは極端気象の影響であろう。最近は「線状降水帯」が長期にわたり停滞し、広い範囲に大雨を降らして、全国各地に記録的な豪雨をもたらしている。本稿では、線状降水帯の実体・特徴・メカニズムについて詳しく解説している。一般に正確な大雨・集中豪雨の予測は難しいとされるが、地球温暖化の影響で将来、大雨が増えるか、また極端な豪雨をもたらす線状降水帯の発生頻度が増えるか等の言及もあり、極端気象の理解を深めることができる。
2019-04-02 異常水害のメカニズムと今後の防災、減災のあり方について
京都大学防災研究所 中川 一
豪雨災害の実態はさまざまである。多数の斜面崩壊、土砂流出、土石流などの土砂災害や川の増水・堤防決壊、氾濫、浸水・冠水などの災害が複層的に発生する。また、被災の状況は複雑多岐にわたり、だれもが災害の全容を把握できない。被災情報の把握や救援・救助が困難を極め、人的被害が大きくなる。なぜ、このような豪雨災害が多発化・激甚化するのか。本稿では、その原因とメカニズムについて解説している。巨大都市の災害を含め、大洪水時代に適応した防災・減災に関する言及があり、災害ポテンシャルを知り、防災リテラシーを高めるよい機会となる。
2019-04-03 豪雨災害におけるボランティアの動向-発災からのトレンド分析から-
立命館大学 桜井 政成
豪雨災害に限らず大災害は、被災直後の被害だけではない。被災による社会的・経済的活動の低下や、被災後の生活の困窮、さらに長い復旧過程での被害を縮減する必要性に目を向けると、これまでの公助、共助、自助につぐ「第4の役割」が必要ではないか。本稿では、災害ボランティアの活動トレンド分析を通じ、災害直後の緊急救援だけではなく、その後の復旧・復興過程で災害ボランティアが大きな助けとなっている点を注視している。今後、災害ボランティア活動が期待される。
2019-04-04 歴史に災害とその対応を学ぶ
(公財)大阪府文化財センター 江浦 洋
わが国土は自然が豊かで、わたしたちはその恩恵を享受してきた。その一方で自然の脅威にもさらされているが、水を制し大災害を乗り越えてきた歴史を振り返り、先人の知恵を学ぶことも必要である。本解説では、むかしの洪水痕跡の中から、とくに洪水を予見し住み慣れたムラを捨ててでも、避難を英断した弥生人の姿に注目し、今に活かすべき点が多々あるとしている。
2019-04-05 地球温暖化に伴う総降水量と極端降水の変化
国立環境研究所 廣田 渚郎
地球温暖化で今世紀末は世界各地が多種多様な気象災害が発生するとの予測がある。「地球温暖化に伴う総降水量と極端降水の変化」について、ある気候モデルで予測した全地球的降水の将来変化を考察すると、21世紀末の気象災害はより厳しくなるという。特に、日本を含む東アジア地域は、その傾向が顕著であると予測されている。
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5号 SDGsの示す社会と実現への課題
編集者 2109-05-00京都先端科学大学 古武家 善成
SDGsとは、Sustainable Development Goalsの略称で、日本語では「持続可能な開発目標」と訳される。地球規模で人やモノ、資本が移動する現代の社会では、一国の経済状況が他国のそれに波及するのと同様、気候変動による自然災害や、感染症に加え、難民やテロといった課題もボーダレスで連鎖的に発生し、各国の社会問題や環境問題等にも深刻な影響を与える。SDGsは、このような世界全体の経済・社会・環境の三側面における課題を統合的に解決すべき目標として、2015年9月の国連総会において加盟国の全会一致で採択された。
本特集では、SDGsの達成にむけて日本の役割(外務省)、SDGsの目標達成に重要なモニタリングや評価法(健康医療機関)、気候変動に対するアジア熱帯島嶼国の人材育成とアウトリサーチ(海洋開発機関)、企業にとってのSDGs(大学)、観光とSDGsの意義(大学)について、各分野の専門家から寄稿を参考とし、「地球上の誰一人として取り残さない」ことを目標とするSDGsに対する、国内外を含めた一般人・企業・行政・教育研究のあり方と今後の取組への参考としたい。
2019-05-01 SDGsの達成に向けて日本が果たす役割
外務省 吉田 綾
日本政府としては、これまで推進してきた「人間の安全保障」の理念の下、SDGs達成に向けた我が国としての施策を打ち出した。以降、様々なステークホルダーと連携しながら、毎年新たな施策を打ち出してきている。SDGsの採択からまもなく4年が経とうとしている。本稿では、SDGs策定の背景から日本国内の状況、さらに日本政府の国内外の取組を示した上で、以下の取組を挙げて、今後の展望を記していきたい。
(1) SDGs策定の背景、(2) 日本国内の取組状況、(3) 日本政府の取組、(4) 日本のSDGsモデルを世界へ、(5) SDGsのさらなる普及へ向けて
2019-05-02 SDGsモニタリング・評価枠組みの背景と今後の方向性
国立保健医療科学院 三浦宏子
2015年9月に採択されたSDGsでは、17のゴール(目標)と具体的な169のターゲットを設定している。当初、その目標達成の実現可能性についても不安視する意見もあったが、開始から4年近くが経過した現段階での周知は大きく進み、わが国においても民間企業やNPOなども巻き込みつつ、多くの活動が展開されつつある。
SDGsで掲げられている169のターゲットを達成するために、230の指標が提示されている。各ゴールについて各国での進捗状況を適宜モニタリングし、進捗把握を図ることにより、SDGsでは地球規模課題である環境や格差是正など、これまで十分なモニタリング・評価ができていなかった課題についても対応を強化している。
本稿では、SDGsのモニタリング・評価枠組みに着目し、その歴史的経緯を示すとともに、SDGs指標におけるモニタリング・評価の特色について概説する。また、現在までのモニタリング・評価で浮かび上がってきた課題と今後の対応策についても整理を行うことにより、SDGs達成に向けた取組を再考する。
2019-05-03 気候変動研究における島嶼国での人材育成・アウトリーチ活動とSDGs
(国研開法)海洋研究開発機構 米山邦夫
気候変動対策を講じる上で、1つの大前提が存在する。「現在の気候を正しく理解していること」である。それにより、どう変化しているのかがわかり、対策を練る際にもその時間や対応規模に対して目安を与えることになる。様々な大気と海洋の現象の発生・維持メカニズムや構造に関する理解は、科学的な知見の向上だけでなく、日々の天気予報や季節予報、防災・減災対策など、身近な生活に直結し、また、将来にわたる気候変動予測技術の向上は、社会基盤のありようの議論に指針を与える。
本稿では、現在、東南アジアから西部熱帯太平洋にかけての島嶼域で進行中の気象・気候に関する国際プロジェクトを例に、科学研究の進展と気候変動対策にとって不可欠な人材育成とアウトリーチに関する活動を紹介する。そもそも「現在の気候を正しく理解していること」とは、観測により精度の高いデータを取得し、それに基づき現象の振舞いを物理的に説明でき、数値モデルにより再現できること、であると言える。ここでは、その第一段階である「正しい観測」に係る活動について、1つの具体的な現場観測事例を取り上げ、SDGsが目指す姿を考える。
2019-05-04 企業にとってのSDGs
龍谷大学 深尾昌峰
日本社会は2008年から人口減少の局面に入り、2060年の人口は86,737,000人と予想されている。この構造の変化は、私たちの暮らしや政策に大きな影響を及ぼすことになる。一方で、国連の世界人口推計(2019)によれば、人口爆発は継続しており、1987年に50億人を突破した世界人口は2019年には77億人、2050年には97億人、2100年には109億人になるとされている。温暖化に伴う異常気象や人口爆発に伴う食糧不足は年々深刻さを増している。
その中で、日本は人口減少フェーズを迎え、社会構造の大変革期を迎えているということは、過去の人口構造のもとに作成された諸政策や規制が社会の実態に徐々に合わなくなってきている。例えば、経済諮問会議の推計によると、社会保障に関してもそれらを支える資金・人的リソース双方において不足が生じ、これまでの制度の維持はかなり困難になってくると指摘されている。
地球環境保全も深刻な状態であり、パリ協定において地球の気温上昇の上限を産業革命以 前の平均気温から2度以内に抑制すべく世界各国が合意したわけであるが、温室効果ガスの削減は特に先進国にとっては急務の課題である。日本の温室効果ガス削減目標は、2050年に2013年比でマイナス80%としている。マイナス80%が達成された世界は暮らし方にどのような変化をもたらし、どのようなイノベーションを必要とするのかを我々は真剣に考えなければいけない。それは「近代のつくりなおし」の様相を呈していくわけであるが、その文脈でSDGsを捉えることに一つの大きな意味がある。
産業革命以降の私たちの社会のあり方、暮らし方を見つめ直し、行き過ぎた資本主義を修正し、新たな社会像の構築に向かって人類をあげて努力する。それは決して敗北的・撤退的な営みではなく、科学技術・社会技術両面の多様なイノベーションを誘発し、新たな価値創造が行われる素地とみることができる。日本においては同時に人口減少という「危機」を契機として社会のあり方を見直す「チャンス」にする発想が求められている。
2019-05-05 SDGsにおける持続可能な観光の可能性
神戸国際大学 前田 武彦
観光は、大量の人間が関与し、地球規模で展開する、重要な社会現象である。今日、それは量的 な拡大を続け、質的な深化が進んでいる。観光という概念がSDGsのなかに直接的で明確に表れるのは、持続可能な経済成長と雇用について述べた目標 8、持続可能な生産消費形態について述べた目標 12 と、海洋資源の持続的な利用と保全について述べた目標14である。とくに 8・12 では持続可能な観光(sustainable tourism)の促進に言及し、そのための政策の立案と実施(ターゲット 8・9)や、観光開発の影響を調査する手法の導入(ターゲット 12)を提言している。持続可能な観光が雇用を創出し、地域文化や地場産品の振興を促進するからである。
SDGsは、持続可能な開発を、経済・社会・環境という3つの次元で捉えることを前提としている。あまりにも広範なため、全体像は把握しにくく、いくつかの解釈の余地が残る部分もある。そこで本稿では、持続可能な観光という概念を念頭におきながら、観光現象を経済・社会・環境という背景のもとで考察し、その意義や問題点を整理する。
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6号 環境・資源保全に資するメタルバイオテクノロジー
編集:2019-06-00 大阪大学 池 道彦
人類の豊かな生活は、非金属・半金属を含めた多様な金属類の利用に支えられている。金属類利用を巡る環境・資源の両問題の解決に資する排水・廃棄物等からの金属類除去・回収は、凝集沈殿、吸着、イオン交換、電解等 の物理化学的技術によって行われてきた。しかし、既存技術は一般的に高コストであり、大きなエネルギー消費を伴い金属類の問題を二酸化炭素の問題に転嫁するという課題がある。特に、排水・廃棄物のように、除去・回収の対象となる金属類が低い濃度で、複雑な組成のマトリックス中に含まれている場合には、効率が著しく低下する。
既存技術の限界を打ち破り、排水・廃棄物からの有価金属回収を可能とするアプローチとして、低コスト・省エネ性のバイオ技術がある。特殊な金属類代謝を有する微生物により、その固・液・気の相間変化、溶解性・吸着性の増減などの反応を引き起こし、金属類の固相からの抽出、水相からの除去・回収などに応用する試みであり、メタルバイオテクノロジーとも呼ばれている。
2019-06-01 環境・資源分野におけるメタルバイオテクノロジーの可能性
芝浦工業大学 山下光雄
“メタルバイオテクノロジー”とは私的な造語であり、「生物による多様な金属類の代謝や、金属類との相互関係に関わる反応を利用する生物学的技術である」と定義している。金属類の採鉱・製錬・加工から処理・処分に関わる物理・化学的プロセスを生物学的なプロセスに置換するものであり、既存技術における問題の解決や新規な金属類の技術開発に希望を与えるものである。
2019-06-02 セレン含有廃水の生物学的処理プロセスの開発
栗田工業(株) 狩山裕昭・安池友時・奥津徳也・朝田裕之
セレンは、ガラスの脱色剤や着色剤などの原料である。一方、セレンは、石炭火力発電所の排煙脱硫工程において、副生成物として排水中に含まれ、除害物質の対象となっている。この発電所では、年に1回の長期メンテナンスがあり、脱硫廃水処理設備が1ヵ月ほど停止する。設備再稼働時にセレン処理設備を迅速に立ち上げる必要がある。
本稿では、生物学的セレン還元除去法として、流動床式と固定床式について35日停止後、再稼働したときのセレン除去性能を模擬脱硫廃水を用いて実験的に確認した。流動床では再開4日後、固定床では7日後に処理水中セレン濃度が基準値0.1mg/L以下となった。
2019-06-03 アンチモン呼吸細菌の単離とその廃水処理への適用の可能性
国立環境研究所 山村茂樹・天知誠吾
アンチモン(Sb)は、周期表上でヒ素と同じく15属に位置する半金属元素であり、レアメタルの 1つである。Sbは、身近な製品に数多く利用されているほか、幅広い産業分野で用いられている。一方で、急性・慢性毒性を有する有害物質であることから、WHOの飲料水質ガイドラインで基準値0.01㎎/Lが定められており、わが国でも水質環境基準の要監視項目として指針値0.2mg/が示されている。現在、Sb廃水は、凝集沈殿法や吸着法などの物理化学的手法により処理されているが、概して高コストであり、またSbに対する特異性も低い。
本稿では、溶存態のSb(V)を 呼吸基質として還元し、水に難溶性のSb2O3を生成するSb呼吸細菌について、著者らの研究事例を紹介し、廃水処理・資源回収技術への展望を概説している。
2019-06-04 微生物の金属吸着・固化反応でレアメタル回収に挑む
芝浦工業大学 堀池 巧
自然界では、微生物や植物などの生物が常温・常圧の「マイルド」な環境下において金属を代謝・反応し、相変化させている。このようなマイルドな生物反応を用いる「メタルバイオテクノロジー」の中でも微生物による金属吸着・固化反応(バイオソープション、バイオミネラリゼーション)は、低濃度金属を特異的に濃縮できる手法として注目されており、廃水などの水系から目的金属を除去・回収技術への応用が期待されている。
本稿では、微生物の金属吸着・固化反応を中心に微生物の探索からレアメタルの浄化・回収資源化技術に向けた応用研究について紹介している。
2019-06-05 Mn(II)酵素活性バイオマンガン酸化物によるレアメタル回収
静岡県立大学 谷 幸則・宮田直幸
世界的な産業の高度化によるレアメタル資源の枯渇が危惧され、元素戦略という観点から「都市鉱山」などの既存未利用資源からのレアメタルリサイクルが望まれている。Mn2+イオンの微生物による酸化触媒作用によって形成する不溶性Mn酸化物(バイオマンガン酸化物、BMO)は、レアメタルの回収媒体としての有用性が示されている。
本稿ではMn(II)酸化真菌に由来するMn(II)酵素 活性を保持したBMOについて、従来の吸着とは異なるモード(吸着、取込、複合酸化物、酸化不溶化など)で、種々のレアメタルを連続的に回収する機構について、最新の知見を紹介している。
2019-06-06 微生物のカルコゲン代謝を利用した環境適合型半導体ナノ粒子合成
大阪大学 黒田真史・池 道彦
現代の生活・産業活動において、半導体が用いられている。半導体はナノ構造化することにより性能が飛躍的に高まることが知られているが、一般的な化合物 半導体ナノ粒子の合成は有害な有機リン化合物を溶媒として用いるプロセスや、大きなエネルギー消費を伴う溶融・ナノ粉砕等の単位操作を含むプロセスなどによって行われており、合成時の環境負荷が高い。
一方、バクテリアや酵母、糸状菌等の微生物を利用した生物学的な化合物半導体ナノ粒子合成法の研究が進展しつつある。これは、微生物の持つ代謝作用により、カルコゲン元素(第16族元素であるS・Se・Te等)を還元し、対となる金属イオンと結合させることでカルコゲン化物半導体を合成するものであり、μmオーダーの大きさの微生物細胞を合成のプラットフォームとするため、生成したカルコゲン化物半導体は必然的にナノサイズになる。また、合成は微生物の生育に適した中温(20~40℃)で行われ、生物に有害な薬 品の使用量も少ないため、環境負荷が小さい。従来の合成法の問題点を解決する可能性があるこれらの特徴から、微生物を用いた化合物半導体ナノ粒子の合成法は近年、注目を集めている。本稿では、筆者らが解明に取り組んできた細菌のカルコゲン代謝と、それを活用したカルコゲン化物半導体ナノ粒子の生物学的合成について紹介している。
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掲載日:2019年01月25日
更新日:2019年12月23日