2022年3月下旬現在、寒さも和らぎ、一日一日と暖かくなり、桜の開花便りが各地から聞かれる季節となりました。4月を間近に迎え、幼稚園、小・中・高の学校、大学の卒業から進学・就職、さらには定年退職など、新たな人生を迎える皆様へ心よりお祝いを申し上げます。定年退職される皆様には、長い年月のお勤め、お疲れさまでした。
 新型コロナウイルス感染が流行し、ここ数年は、休園・休校による自宅学習やテレワーク、外食・観光などの外出が規制され、生活・社会・経済活動が制約された状況が続いてきました。しかし、このような制約された生活を後悔しても、始まりません。これらの体験を生かし、新たな社会生活へ役立てて欲しいものと願っています。

 私事で恐縮ですが、老生は、第二次世界大戦直後に山口県と島根県の県境近くの農山村地域で生まれました。物心が付いた小学校入学前後のころは、食べ物や着るものも不足していた時代です。家の玄関には、長い乱れた髪の人が静かに立っていて、母が作った貧しい食事でしたが美味しそうに食べた後、大きく頭を下げて去っていく姿が現在も頭の中で思い出されます。戦争で失った父親のいない母子家族も少なくありませんでした。老生には4人の従兄弟がいますが、2人は共に母子家族でした。
 故郷の自宅地と隣宅地の際には、小川が流れていて、フナ・タナゴなど小さな魚やタニシ・シジミなどが生息していました。初夏には、蛍が飛び交い、家の中まで入ってきました。その後、石油が大量に国内へ安価に輸入され農機具が機械化されるとともに、化学肥料の投入や農薬による雑草・害虫が駆除されるようになり、お米の生産量は増加しましましたが、蛍がいなくなりました。生活用水は、井戸水を使っていましたが、地下水が濁るようになりました。少し離れてはいましたが、父が裏山の小さな谷川に貯水タンクを設置して、そこから自宅まで塩ビ管を埋設して、この水を利用するようになりました(途中の塩ビ管が隣接する家庭にも給水された)。その後、十数年して上水道が設置され、地域住民へ浄水が供給されるようになりました。
 戦前から終戦直後は、し尿は汲み出されて畑の防水槽で発酵された後、肥料として土に循環されていました。野菜・料理のくずなどは納屋で堆肥化して田畑で肥料として使われました。生活排水(調理水・風呂水)は、沈殿槽を経て、上記の小川に放流されていました。経済復興が進むにつれて、トイレの水洗化が進み、食事も豊かになり、洗剤も多量に使われるようになって、小川や河川の汚濁が進行し、多種多様な生態系が破壊されました。その後、農業集落や浄化槽の普及とともに、激しい人口減少も加わって、河川は少しずつ水質改善が進んでいますが、以前のような自然豊かな河川ではありません。この理由の一つとして、河川工事が進んで、渕や浅瀬などが無くなったこともあるでしょう。
 さて、現在、老生は定年退職して5年間が過ぎようとしています。小~高校時代には電話もTVもなく、情報源はラジオでした。現在は、世界中をwebが整備され、屋内外どこでも情報の送受信が可能となりました。老生宅内では、家内との連絡は直接会話ではなく、携帯での連絡が多くなっています。若いころには、仕事上の情報源は書籍・紙文書で入手していましたが、現在の交信はメール・skype・zoomやweb文書・電子書籍が大部分となっています。

 私事の話が多くなって申し訳ありません。元に戻します。これからの日本の大きな課題として、エネルギー、食糧および自然災害(パンデミックを含む)へ対する備えがあります。戦後整備されてきた道路や上下水道など社会インフラの老朽化対策も国民の大きな負担となっています。進級・進学する人たちは、これらの課題解決への多面的な視点からの基礎的学力を見つけて欲しいことと、新たに社会へ旅立つ人たちには具体的な解決策の提案と未来社会システムを構築することへ大きな期待を持っています。ご定年退職者に対しては、これまでとは異なる視点での家庭や社会への貢献を期待しています。
 皆様には、ご健康へ留意され、ご活躍を祈念しています。

2022年3月25日